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長い長い夏休みも残すところ、あと2日。嬉しくってたまりません。 世のお母さん達は皆、そうですよね〜〜(笑)
また毎日のお弁当作りが始まる・・・のはちょっと気鬱ですが 毎日、少なくとも朝から3時までは静かな時間を過ごせると思うと もうそれは・・たまらなく楽しみでなりません(笑)
子供達がおばあちゃんの家に行き、帰ってきてから 夫が夏休みで帰宅し、貴重な家族4人揃っての時間を過ごしました。 何年ぶりかで私もプールに行ったり 一緒にレジャーランドみたいな場所へ行ったり 買い物にも一緒について行ったり・・と 去年の自分からは想像できないぐらいアクティブな夏休みでした。
ついこの間までは、夫や子供達が出かけると言っても 「無理・・・・家で寝てる」と言って、一歩も家を出ようとしなかった私が こうして家族と一緒に出掛けられるようになったと言う変化に 夫も子供達もとても喜んで、「母ちゃん、病気が治ったんだね〜」と 何度も言われました。 子供達も、、やっぱり寂しかったんでしょうね。。。 それは当たり前の事ですが、嬉しそうな顔の娘達を見ていると しみじみ改めて思いました。
鬱の方は先日、先生のところで薬をもらったのですが 状態が安定していることで、ものすごく薬がシンプルになりました(^^) 去年一年間のあの薬ラッシュは何だったんだーーー?と思うくらいに。
今は朝と夕方にユーパン1mg 偏頭痛解消のために朝昼晩にミオナール50mg 寝る時にハルシオン0.25mg 酷い頭痛の時にロキソニン(&胃薬)
とまぁ、とても分りやすい(笑)処方になりました。 これを見るとわかって頂けるかもしれませんが、もう抗鬱薬は飲んでいません。 抗不安薬だけ、です。不眠が酷いので睡眠薬は出ていますが それでも・・随分、身体も楽になってきたのだなぁと思います。
不眠症については、薬を飲まないと眠れないと言う状態は続いています。 でもそれも、先生が言われるには、9月になってくると睡眠が取りやすくなる 季節になってくるので、薬を飲まなくても眠れるようになるかもしれないですよ、 との事でした。
薬を飲まないと眠れない、と言うのは私にとっては本当は不本意と言うか、 いつまでも、睡眠薬に頼っている事が怖いと言うのがあるのですが、、 (だんだんきつい薬でないと眠れなくなって来ている気がするからです) どんな手段!?を使っても・・、強制的にでも眠った方が確かに 身体が楽な事は事実なので、今はあんまり難しく考えず素直に薬に頼って いようと思っています。
ちなみに。この2週間で歯を二本抜きました(涙・・・) 大変、痛く、悲しい気持ちになりました。。(^^;
そんな夏休みを過ごしています(^^)
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【2009/08/29 11:17】
日々 |
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昨日からチビ2人がいない我が家は、何だかとても静かです。 いつもなら、こうしてパソコンに向かっている後ろで、ガサゴソギャーギャー 喧嘩したり笑ったり遊んだりしながら、「母ちゃんお茶〜〜♪」なんて 話しかけてくる子らがいない・・・と言うのは、嘘みたいな静けさです。
正直、昨日の夜は。子供達のいないニ段ベッドを見て・・泣きました(^^; 意外と私って・・子供たちの事を愛してたんだなぁ〜〜と 自分で自分の涙を感じながら、子供達への愛情を再確認させられました。
実際のところ、長女が産まれてから6年半。こんな風に完全に 離れてしまった事って、実は無いんです。 (きっとお母さん達は、皆そうでしょうね・・・・)
次女が肺炎で入院した時は、3日だけは次女とは離れましたが・・ それでも長女は側にいましたし、完全に子供がいない日常と言うのに なった事が一度も無かったんです。
だから、ずーーーっと私はこの「my夏休み」を楽しみにしてました。 思いっきり羽伸ばすぞーーーって(笑) ちょっと悪い事もするぞーーーーっとか ぐーたらするぞーーーーとか
子供達と離れたその瞬間まで、ずっとその日を指折り数えて 待っていました。。まさに、昨日の夕方、家に帰ってくる瞬間まで 楽しみで楽しみで、嬉しくて仕方の無いフリータイム、viva夏休み! って浮かれて浮かれていました。
だからまさか、、こんな私が。 寂しくなる・・・・なんて思いもしませんでした。
子供達と離れ、自由になれたらどんなに嬉しいだろう〜〜 そう、心底私は思っていたので、寂しくなるなんて露ほども 予想していませんでした。
だから、昨日の夜の自分の涙には、、自分が一番驚きました。 あんなにイヤだった、ざわざわした空気も にぎやかでうるさいばっかりに思えた子供達の声も 無くなってしまったら・・・なんて寂しいんだろう・・・って 初めて気付きました。 今までずっと、あるのが当たり前過ぎたんですよね。。 いるのが当たり前すぎた、と言うか。
離れたい、離れたいと思ってしまう自分を「母親失格なんじゃ?」 「母性本能が欠落してるんじゃ?」と、密かに思ったりもしていましたが そんな事なかった・・って事に、初めて気付かせてもらえました。 ちゃんと、私も・・普通に愛情ある母親、でした。
いない事をこんなに寂しく思えるなんて。 まるで、漫画か小説みたいに、空のベッドを見て泣くなんて。 自分がそんな、物語に出てくるお母さん!感情を普通に持っていた事に 本当に驚きました。
そして。行くまでは意地悪にも(^^; 「母ちゃんは1人でぜーんぜん平気♪電話なんかしないからね〜」 なんて、、、言っていたくせに。
昨日の夜は八時半に電話をし・・(そしたらもう寝てしまってて声が聞けなかった) 今日こそはと、夕方五時半に電話(^^; 電話に出た長女の声を聞いたら、、不覚にも涙が出てきて。 「ちゃんと元気にしてる?おばあちゃんの言う事聞いてる?」 ・・・・と言った後、思わず
「○ーちゃんがいないと、母ちゃんすごい寂しいわ。 さびしくてびっくりしたわ(笑)」 なんて、、 ちょっと涙声になりそうになりながら、言ってしまったのでした。
普段は次女ばっかりにベタベタしてるくせに・・・ こういう時、頭の中に出てきて思い出すのは、長女の顔ばっかりで。 昨日の別れ際も、最後まで側にくっついていた姿とか・・ いつも家で、一生懸命私の目を探して、見て笑おうとする顔だとか・・ そんな顔ばっかりが目に浮かんで。
たった一日でこれなんだからなぁ〜〜と 何が自立した子供を育てるぜいっ!だよ、バカモノ!!と 自分で自分に苦笑いしてしまった私。
なんでも当たり前だと思っちゃいけない・・ と言うのは、私自身はいつも忘れないように生きているつもりだったんですが 肝心要の、子供については思いっきり心底から「当たり前の存在」 になってしまっていたんですねぇ・・・・。 それが、母と子、親子ってものなのかもしれませんよね。
居て当たり前・・って空気みたいに。
でも、当たり前じゃなくなってしまう事態だって、考えたくないけど ある訳で。。それを思うと、そんな事態に巻き込まれたりした家族は どんなに苦しい思いになる事か・・・・・ たった一日いないだけで、こんなに寂しくなるんだものなぁ・・・・と 当たり前でない日常を、改めて教えられて そんな事まで考えてしまった私だったのでした。。
うるさいけど、居るのが幸せ。 きっと帰ってきたら「ギャーッもうっうるさいっっ」って 怒鳴り散らすんだろうけど
でも、本当はこんなにも子供たちの事が大好きだったんだ・・って 知ることが出来たから。 また、いつもの様にギャーーッと怒ったとしても、 ふとした瞬間に今のこの気持ちをまた思い出して。。
「居てくれてありがとう・・」って愛情を
これからは、もっとちゃんと伝えていけそうな気が しています。。
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【2009/08/04 19:07】
日々 |
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今日からチビ達は初めてのお泊り。旦那さんの実家へ行きました。 (私は連れて行くだけ連れて行き、さっさと(^^;帰らせてもらいました)
久しぶりに会ったお義母さんは、何だか少し疲れた様子で・・ このまま置いていって良いんだろうか・・?と少し迷った瞬間も あったりしたんですが、お義母さんの 「大丈夫、大丈夫!!心配ないから」 と言う言葉に背中を押してもらい・・、そのまま甘えさせてもらい 帰って来ました。
初めてのお泊りについてはまた、別に書こうかなと思ってますが 今日は・・その、年老いた義両親について思うことをつらつらと 書いてみたいと思います。
私が夫と結婚した時、お義母さんはまだ当時・・59歳でした(今は69歳) 今思えば、若かったんですねぇ・・・。私の中ではあの頃のお義母さんの 姿が印象強くて、何時までもあの頃のままのお義母さんのように 思ってしまっていたんですが、ここ数年でグググっと歳を取った感じが するようになりました。
後姿や動きに張りがなくなったと言うか、、 どことなく疲れた雰囲気が背中ににじむようになったと言うか・・ そんな気がするようになりました。
前回、GWに会った時にも感じたんですが、やっぱり今日も 今回はより強く・・そんな空気を感じました。 歳を取らはったなぁ・・・・・、と。
そして、そう感じると同時に「将来の介護」問題を 考えないではいられないようになって来ました。 「いつ・・・・・その日が来るんだろう・・・・・?」って。
実は、我が家は完全に家族(4人)の為だけに建てた設計で (予算の問題で余分な部屋を作るなんて出来なかったんです・・涙) 更に、どこもかしこも開き放つことが出来る間取りになっています。
狭い間取りでも、出来るだけ開放感を出せるように・・と 一階も二階も、ふすまを全開にして完全開放する事が出来るように あえて、設計したのです。
しかし!いざとなって来て。例えばこの家にお義母さんやお義父さんが 一緒に住むって事になったら・・・・・・・!!?? 逆にこの間取りだからこそ、かなり辛い事態になるだろうことが 予想される訳なんです。 お互いにプライバシーも保てないし、ゆったりくつろぐ事が恐らく 難しい生活になるでしょう。。。 台所も開放されているし、玄関ももちろん1つだし リビングもダイニングも、おまけの和室も全部くっついているからです。
でも、家のだんなさんは長男。 いざとなれば、当然親の面倒を見る・・事になる・・・かもしれません。 (次男にって言うつもりは全くないそうですし・・・(^^;)
そしたら、一体どうやって???面倒見るって、現実的にどうやって? 考えたらだんだんブルーに、と言うか軽くパニックになってしまって。 ましてや、この家は普段は私1人。夫もいないこの家で、私1人で 義両親の面倒も見つつ、だんだん難しくなっていく子育ても1人で?? エーーーッそんな、大変な事・・・・って。
どうしようどうしよう?と、1人で悶々と考えていたら(←悩むの早すぎ) 念が飛んだんでしょうか?珍しく平日なのに夫から電話がありました。 子供達の様子や、色々話をしたあとで・・思いきって、↑の話を 電話でするのもどうよ?と思ったりもしながら・・正直に話をしてみました。
そうしたら、予想通り。 夫はやっぱり、将来的には親の面倒をみるつもりでいたと、 正直に話ししてくれました。 今までは何となく・・、お互い怖くて話できなかったんですよね。。。 この問題については。触れるのが怖い、特に私にとってはタブーの話題 だったので、なかなか、正直な気持ちを聞きたくても聞けなかったのです。
でも、今日聞いてみたことで、夫の本心が分り それだけで、私自身の腹が少し据わり 「いざとなれば考えなくちゃいけないんだな」と 心の底で覚悟が少しだけ、少しだけですが決まったのでした。
ただ、この家で同居は無理だと言うのは伝えました。 この家での同居と言う形で面倒を見るのは、私1人では無理だ、と。 それは、私の正直な気持ちだったから伝えました。
夫も私の正直な気持ちを聞いて納得してくれたようでした(^^)
そして、こんな風に1人で悶々としている私に
「俺達は夫婦、と言うか同志なんだから。 今までも、色んな事を2人で乗り越えてやってきたんだから。 これからも一緒に考えて、ちゃんと話してやっていけば大丈夫やって 1人で悩む必要ないから。 俺は○ちゃん(←私の事)の事を人生の同志やと思ってるねんから」
って・・、言って励ましてくれたのでした。 人生を一緒に生きるパートナー、同志。同期。仲間。
考えてみたら、思い出してみたら、夫からはずっと同じメッセージを もらってきたなぁと今更ながら気がつきました。 頑なな私は、ちゃんと心開いてその言葉を受け取ってこなかったんですよね。。
10年もかかってしまったけれど。 今日やっと、夫の言葉が 「同志なんだから」 と言う言葉が、胸にストンと落ち着きました。
私は1人じゃない。 どんな時でも、心さえ開く事ができれば・・ いっぱいの愛を受け取る事が出来るんだ・・・って 夫からも義両親からも・・ もちろん、大好きな母や父、妹や弟からも 大事な友達、顔が浮かぶ皆から いつだって受け取ろうと思えば愛を一杯受け取れるんだ・・って
夫の言葉を聞いてすっと心に色んなことが響いた気がしたのでした。
同志。人生を共に生きる同志。 なんて素敵な言葉なんだろう・・・・・(涙) 電話だから言えたんだろうなぁ、きっと(笑)
でも、ありがとう、夫。 素敵な言霊をありがとう(^^)
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【2009/08/03 23:28】
徒然 |
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ふと気がつけば。 病院へかれこれ2ヶ月くらい行っていませんでした。
良いのか悪いのか?安定剤は余分に貯めてきたものがあったし 睡眠薬もこれまた同じでたっぷり(←怖)頂いていたのがあったので 何となくまぁいいか・・・と、だらだら行かずに来てしまいました。
しかし。一応ココは鬱病闘病記録のブログでもあるのでして。 今の自分の状態はどんな感じかな?と自己分析する為にも そこに触れた日記を書くことにしてみました。
薬は、最近は朝晩にユーパン1mgを飲んでます。 時々あんまりにも苛々が強い時は、レキソタンを飲んだり・・ ドキドキしてくる時にはソラナックスにお世話になったりしていますが 基本的な抗鬱薬はそろそろ半月以上飲んでいない状態になってます。
飲んでいたのはトフラニールという薬だったんですが、 薬が合っていたのかはたまた、ちょうど回復期に向かう時だったのか、 あるいはレイキのおかげなのか??何が原因かは分りませんが 以前のように「薬が無くなったから病院行かなくちゃっ」と、焦るような 気持ちで病院や薬にすがる気持ちが無くなりました。
とは言っても。勝手に残っている手持ちの薬は飲んでいるのだから 完全に脱した訳じゃないんですけども・・・本来ならこんな勝手な 薬の止め方は良くないんでしょうが、幸いと言うか強引と言うか? こんな風に勝手に止めてしまった割には元気に過ごしています。
ただ。やっぱり夜は眠れません。これだけは・・・何をしても (アロマとか瞑想とか・・お香とか色々試しましたが) ダメですね・・・。コレだけは睡眠薬をしっかり飲まないと眠れません。
眠れる・・かも??と思っても、夜中じゅうずっと夢を見続けていて 朝になっても眠った感が無いような睡眠しか取れなかったりだとか、 朝もはよから5時とかから目が覚めて・・でも布団から出られなくて もやんもやんしてしまう・・だとか、 こと睡眠という事に関してだけ言えば、未だに正常な状態には 戻っていないなぁと感じています。 本当は薬に頼らず、子供達みたいにぐっすり眠れたら良いのになぁ〜 と思うんですけどね、、一時にはなかなかそう上手くはいかないもんで。 睡眠薬だけは素直に、毎晩飲んで眠るようにしています。
家事とかもやっぱり朝はあんまり出来てません(^^; 昼頃までは脳みそがぼやぁ〜〜んとしていて、スッキリしなくて 去年植えた花なんかに水をやるのもダルダルで。。。 洗濯物も夕方になってやっと重い腰を上げて干す・・みたいな感じです。 ものすごーくお天気の良い日に、日に当てず夕方まで干せないなんてなぁ〜 とふと思うと勿体ないなぁと思ったりもするんですが (せっかくの太陽の恵みなのに〜〜、と) まぁ、しゃぁないわな〜と、今年の今の私は思えるようにはなりました。
去年とかの鬱がひどい時期とかには、出来ない事の一つ一つを数えて あれもダメ、これも出来ない・・・・シクシクシクシクシク・・・・・と 泣いてばかりいたもんでしたが(・・・。) 今の私は良い意味で図太くもなって、出来ないんやからしゃーないやんと 自分に甘点をつけてあげられるようになりました。
結果的に干せてるんやからいいやん♪とか。 乾いた洗濯物が籠の中に3日分溜まってたって(^^;; 3日目には頑張って畳んで片付けてるんだからいいやん♪と。
確かに前は、自分を責めてせめてしていた事を思うと 今の自分は本当に息がしやすくなって、泣かずに日々暮らせるように なりました。
それに最近は。。
「もうダメ、誰にも会いたくない、電話にも出たくない 私が側にいたら皆を真っ暗なオーラに巻き込んでしまう・・」と
心引きこもってしまったりなんかすると、不思議なほどに友達や 近所の人から電話やメールが来たりして イヤでも出掛けなくちゃいけない状況になったりだとか・・ 無理やり??引っ張りだされたりだとか・・・(^^; そんな事も多く、ゆっくり去年のように引き篭もっていられないと言う 日々でもあったりしてます。
でも。それは神様が私に 「外の空気を吸いなさい。人と人の中で生きなさい」って 言ってくださってるんだろうなぁと
「もう、元気になって来ているのだから。 鬱の闇に引き込まれたらダメだよって」 と、言って下さってるんだろうなぁと 何だか最近は、そう感じたりもしています。
引っ越してきてそろそろ2年。 最初は、ご近所さんの輪に入れない・・(しくしく)とか悩んだり なかなか打ち解けられる人と出会えない・・・とか言って 亀の歩みのように作ってきた交友関係だったけれど・・
最近やっと、自分の立ち位置と言うか、どんな風に周りの人と 付き合っていくのが自分に向いてるのか?とか・・ ぼんやりながら見えてきたような気がしていて すごく、人付き合いが楽になって来ました。
基本として。 「私は好きなんだから」 って愛で、生きようと(笑)
嫌われたらどうしよう?とか、寂しい・・・とか やっぱりドキドキしたり落ち込んだり、勝手に不安になったり する事は一杯一杯ありますが、 後悔したら、大急ぎでメールで謝って(^^; それが自己満足でも何でも、ゴメン〜〜ッと謝って 後は、愛が伝わりますようにと祈ってみる。
自分が欠けてるものを一杯持ってる人間であるように 友達だって誰だって、同じように欠けたものを一杯持ってる人間で 自分が寂しいな・・・と思うのと同じように 皆友達だって、同じように寂しいな・・・と思ったりしてるんだろうなって すごく素直にそう感じるようになって、 それからは、「私はこの人の事が好きなんだから」と感じた 自分の中の気持ちをベースにして、人付き合いをするようになりました。
「好かれてるかな??」がベースに来るのではなく 「私はこの人の事が好きだ♪」をベースにして(^^)
そうしたら、人と話をするのがあんまり怖くなくなって ありがたい事に不思議と・・・周りに話を出来る人達が増えました。
無い物を、ナイよぉ〜ナイよぉ〜と嘆くよりも 有る物にいっぱい感謝して生きたいな、と 今はそれが私の目標だったりしています。
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【2009/07/22 23:51】
病気な話 |
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先日の日記に書いた、娘のおねしょ問題(と言うほどではありませんが)。 夏休みにもなったことだし・・・、せめて昼間のお漏らしぐらいはと病院へ 予約をしていました。
でも。これまた偶然と言うか(いや、偶然ではないのかもしれませんが) 近所の友人が自分の娘さんも同じ問題でずっと戦って?来ていた方で、 その病院の予約をしていたその日に話をしたのです。
私にとっては、夜のおねしょ=昼のおもらしと言う図は頭の中に出来なくて 夜は無意識レベルの事だから仕方が無い、と思ってきたのですが 昼間は「起きてるじゃん!?なんでトイレに行かへんのっ!?」と・・ そこがどうしても理解できず、その点だけは娘にも必死になって 話をしたり怒ったり説得したり、やって来ていたのですが。。
でも。その悩みを話したところ。。。その人の娘さんも長く同じ事が 続いていて・・やっぱり家の娘と同じだと言う事を話してくれたのでした。
つまり。夜のおねしょ=昼のお漏らしなんだと。 膀胱の機能の問題もさりながら、やっぱりおしっこが出そうになった時に キュッと我慢できる筋力の差があるらしいよ?と。 だから、昼のお漏らしについても夜のおねしょと一緒で ある意味「努力」でどうにかなると言うだけのもんでもない・・と。
私にとっては、ずーーっと「=」で結ばれてきた事だったので そうじゃないって言ってくれた言葉がすごく嬉しくて 私が話す事に「そうそう、そう!同じやで〜〜っ」と言ってくれる言葉が ものすごく心強くて、ものすごくほっとしたのでした。(涙)
おねしょの問題って、やっぱり子供自身のプライドに関わる事でもあって なかなか誰にも話せない問題なんですよね。。
「子供のおねしょが治らない」と言う話については、何故か 精神面を問われる事がとても多いのが現実で
例えば「愛情不足なんじゃない?」 とか、「スキンシップが足りないんじゃない?」とか・・・そういう言葉は ほんとにほんとに、良く言われる言葉だったりするだけに 余計に、母親自身が悩みを1人で心にその悩みを抱え込みがちに なる問題だったりもするのだと思うのです。
残念な事に、歳を重ねた母親業のベテランたる 実母や義母にそう言われたりもするので尚更に悩みは 内へ内へこもりがちだったりします。 誰にも言えない・・・、自分が悪いのか?自分の子育てのせいなのか? 深く深く自問自答が深まっていくのです。
でも。 でも!
自分が母親になり二人の子供を育てている今。 決して、どちらの子供が可愛くて、どちらの子供は可愛くない なんて事は無いんだと思うのです。
もちろん、それは否定しようも無い事実だから言いますが、 我が子とは言え相性は確かにあると思います。 何となく可愛い〜と感じる部分が多いとか、、 何となく可愛くない〜と感じてしまう部分が多いとか、、 そう言う事は残念な事かもしれませんが確かにあります。
どの子も平等に同じように可愛い!と断言する人もいますが 多分・・・それは、その言葉を発する事によって母親自身が 「同じように可愛いと感じなければならない」と それぞれの子供に感じる感情はイコールでなければならないと 思い込もうと、思わなくちゃいけないと自分に枷をはめようと している所以じゃないかと思ったりするんです。
でも、同じであるはずが無い、と言うのが真実じゃないでしょうか? 子供と言えど、それぞれに個性は全く違います。 家の子に限って言ったって、二人の娘の個性は全く違います。 たった6歳と4歳なのに。
でも、同じ親から生まれてきたとはいっても、持って生まれた魂は それぞれ全く別のものを持って来ているのだから、個性が違って 当たり前なんですよね。。。 得意な分野も、好きなことも、好きな食べ物も違う。 愛情表現が上手な子もいれば、下手くそな子もいる。 そして・・・表現に限らず 愛情を受け取るのが上手な子もいれば、 愛情を受け取るのが下手くそな子もいるんです。。。
それは、余程に極端な例を除けば、母親の責任じゃないと 私は思うんです。 全く同じようになんて育てられるはずが無い・・って。
それを、「同じでなくちゃいけない」なんて思ってしまったら、 母親は辛くって堪りません。だって無理なんですから。。 出来っこないんですから。。
最近、私は 「あぁ、こんな事思ったらアカンよなぁ・・」と思うたびに 思い直すようにしています。
「いやいや。感情に良いも悪いも無いじゃないか」って。 それを外に出すかどうかは次の段階で、また高いハードルが そこにはあるので・・一度には難しいのですが、 せめて心の中でだけは、 自分の感情を自由にしてあげるようにしようと、しています。
私が自分の感情を自由に解き放ってあげる事が、 娘達の心を自由にしてあげる事になるという気がするからです。
思っちまう事はしゃーないやんかって。 それが、自分なんだから・・・って。
毎日のくっちゃい洗濯はちょーっと大変ですが(^^; でも、それだって娘の娘なりのメッセージ。娘の個性の1つ。 そう、心から自然に受入れられるようになれるように・・ もっと心自由に生きようと、生きられるようになろうと 色んな事を思いながら、日々心をそう向けるように頑張っている 今日この頃の私なのでした。
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【2009/07/20 13:17】
日々 |
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